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東京地方裁判所 昭和28年(行)18号 判決

原告 大元福太郎

被告 農林大臣

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十八年二月九日附農林省指令一七水第八九九五号指令書を以て原告に対してなした昭和二十八年三月一日より同年四月十九日迄の間原告の中型機船底曳網漁業を停止し、同期間中第一、第二稲荷丸を八幡浜港に碇泊せしむべきことを命ずる処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、

「原告は昭和二十五年十一月二十八日附で農林大臣より第一稲荷丸、第二稲荷丸を以てする中型機船底曳網漁業を許可(許可番号愛媛第六九号、同第七〇号)せられて居たものであるが、被告は第一稲荷丸(船長浜田禎夫)、第二稲荷丸(船長大元巖)が、昭和二十七年十月十日中型機船底曳網漁業禁止区域たる有明湾口において底曳網漁業をしたものとして、中型機船底曳網漁業取締規則第二十一条第二項、第二十三条に基き原告に対し、昭和二十八年二月九日附農林省指令二七水第八九九五号指令書を以て、昭和二十八年三月一日より同年四月十九日迄の間、中型機船曳網漁業を停止し、同期間中第一、第二稲荷丸を八幡浜港に碇泊せしむべきことを命じ、原告は該指令書を昭和二十八年二月二十三日受領した。

けれども第一、第二稲荷丸が昭和二十七年十月十日当時その漁業許可を受けた操業区域外であり、且底曳網漁業禁止区域である有明湾口(鹿児島県)を航行しては居たが未だ、底曳網漁業を操業して居なかつたものであるのに、すでに操業したものとしてなされた被告の本件処分は違法のものである。仮に第一、第二稲荷丸が底曳網漁業を操業したとしても、それは原告自身の行為ではなく、原告の使用人たる右各船乗組の船長並に漁業従業者等の行為にすぎず、その使用人等の行為の責任を原告が負うべき法規上の根拠はない(古物営業法第二十四条、質屋営業法第二十五条参照)から、右使用人等の行為によつて原告に対して漁業の停止並びに第一、第二稲荷丸の碇泊を命ずる本件処分は違法なるものと言わなくてはならぬ。然らずとするも、右規則第二十三条の規定は右被告認定に係る違反事実の存する場合に当然適用されるものではなく、別に取締上の必要がなければならぬものであるが、取締上第一、第二稲荷丸を碇泊せしむることを必要とする様な事実は存しないのであるから、少くとも本件処分中第一、第二稲荷丸の碇泊を命ずる部分は違法たるを免れない。

原告は本件処分について昭和二十八年三月十三日被告に対して訴願を提起したのであるが、原告は本件処分により漁業営業は不可能となり、著しい損害を蒙りつつあるので、右訴願に対する裁決を経ずして直接本件処分の取消を求むるため本訴に及んだものである。」と述べた(証拠省略)。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、

「原告主張事実中原告がその主張の通りに、中型機船底曳網漁業の許可を受けて居ること、被告が原告主張の通りの理由でその主張の通りの処分をしたこと、及び原告が昭和二十八年三月十三日本件処分について被告に対し訴願をなしたことは認める、第一、第二稲荷丸が有明湾口を航行して居ただけであるとの事実は否認する。

昭和二十七年十月十日中型機船底曳網漁業の禁止区域である有明湾口観音寺岬沖合北緯三十一度十七分四十八秒、東経百三十一度十二分三十秒の地点において、その区域が原告に対する操業許可区域外であり、且底曳網漁業操業禁止区域であることを知り乍ら、第一稲荷丸(船長浜田禎夫)は、第二稲荷丸(船長大元巖)よりレツドを受取り、漁獲の目的を以て所持して居た底曳網を海中に投入し、二隻共同して底曳網漁業を営んだものである。右行為は右規則第八条、第十一条に該当するものであるから、被告は右規則第二十一条第二項に基き、原告に対し漁業停止処分をなすと共に併せて該停止処分の実効を挙ぐる為に右規則第二十三条に基き原告に対し第一、第二稲荷丸の碇泊を命じたものであつて何等の違法もない。」と述べた(証拠省略)。

三、理  由

原告が昭和二十五年十一月二十八日被告より第一、第二稲荷丸を以てする中型機船底曳網漁業の許可を受けて居たが、被告は昭和二十八年二月九日附農林省指令二七水第八九九五号指令書を以て、右第一稲荷丸(船長浜田禎夫)第二稲荷丸(船長大元巖)が昭和二十七年十月十日中型機船底曳網漁業禁止区域たる有明湾口観音寺岬沖合において底曳網漁業を営んだとの理由で原告に対し、昭和二十八年三月一日より同年四月十九日迄の間中型機船底曳網漁業を停止し、第一、第二稲荷丸を八幡浜港に碇泊せしむべきことを命じたことは当事者間に争がなく、原告が昭和二十八年二月二十三日右指令書を受領したとの事実は被告において明らかに争わざる処であるから自白したものと看做され、更に原告が昭和二十八年三月十三日本件処分について被告に対し訴願を提起したことは当事者間に争がない。

原告が右訴願を提起したのみでその裁決を俟たずに本訴を提起したものであることは、原告の自認する処であり、又その後右訴願について裁決がなされたとの事実はこれを認むるに足る証拠はないが、本件処分は昭和二十八年四月十九日迄の期限の附せられて居るものであり、右訴願についての裁決を俟つ時は原告は裁判所において本件処分について司法的救済を受ける時機を失する虞れがあることが明白であるから、原告が右裁決を経ることなく、直ちに被告のなした本件処分の取消を訴求するについて正当の事由があるものと言うべきである。

そこで第一、第二稲荷丸により昭和二十七年十月十日前示有明湾口附近の海上において底曳網漁業が行われたか否かをしらべて見ると、

成立に争のない乙第二号証並びに証人谷元啓佑の証言を綜合すれば、右第一稲荷丸(船長浜田禎夫)第二稲荷丸(船長大元巖)は、昭和二十七年十月十日中型機船曳網漁業禁止区域たる有明湾口観音寺岬沖合において、同一間隔を以て同一方向に進行し、底曳網漁業操業の態勢にあつたが、鹿児島県漁業監視船制海丸が接近するや、右両船は一旦接近した上逃走を始めたので、制海丸は直ちに右両船を追跡したが、右両船の操業海面と思われる位置に浮標一個が浮遊して居り、制海丸が第二稲荷丸を捕捉し、次いで第一稲荷丸の捕捉に向う途上右現場海面を通過した際には既に浮標はなく、第一稲荷丸が捕捉せられた時には同船は、同船に具えられて居た漁網を所持して居なかつた事実が認められる。成立に争のない乙第五号証によれば、第二稲荷丸の甲板長である訴外谷本重好が当時第一稲荷丸は未だ漁網を海中に投入しなかつたものである旨、供述したことの記載があり、成立に争のない甲第二号証原本の存在並に成立に争のない乙第十五号証には右第二稲荷丸の船長である訴外大元巖が当時第一、第二稲荷丸は底曳網漁業操業の準備に取掛つた許りの時に接近する制海丸を発見し、そのまま逃走したものである旨供述したことの記載があり、又証人浜田禎夫、大元巖の各証言中には、第一、第二稲荷丸は漁撈の目的で本件現場において漁網を入れるために、第二稲荷丸より第一稲荷丸にレツドを投渡したその時制海丸が接近して来るのを発見したので、網を入れるに至らずそのまま逃走したものであつて、第一稲荷丸は制海丸に捕捉された時には網を所持して居た旨の供述があるが、成立に争のない乙第三、第四号証原本の存在並に成立に争のない乙第六乃至第十二号証、第十四号証には、当時第一稲荷丸は網を入れたものである旨の供述があつたことが記載されて居り、第十四号証には、浜田禎夫が第一稲荷丸の捕捉された当時その漁網を所持して居なかつた旨供述したことが記載されて居り、更に証人浜田禎夫の証言(一部)によれば、第一稲荷丸は制海丸に追跡され捕捉される虞ある状況下に、本件現場海面において遺留したる浮標を引上げた上なお二、三十分間停船した居た事実が認められることからすれば前記乙第五号証第二号証乙第十五号証の各記載の供述の内容並に証人浜田、大元の各証言は遽に信用し難く、その他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで底曳網漁業禁止区域設定の趣旨とするところは、魚族の保護と漁業の調整と言う目的を達成せんとするにあるものと認められるので、右規則第八条において禁止される行為は、右目的の達成を阻害する虞れのある具体的行為であると解するのが相当である。この観点よりすると、前示の如く第一、第二稲荷丸がすでに漁撈の目的を以て漁網を海中に張つたものである以上、現実に漁獲があつたか否かはこれを問わず、右行為を以てしてすでに右の如き目的を阻害する虞れの充分にあるものと認められるので第一、第二稲荷丸の右行為は右規則第八条に違反せるものと言うべきである。

行政上の秩序の破壊者に対してなされる行政権(本件処分も一の行政罰であることは明らかである)はその目的とする処が現実の行為者の犯罪的意思に対して、これを処罰するにあるのではなく、事実としての秩序を破壊する行為を防遏するにあるのであつて、必ずしも現実の行為者に対してなさるべきものではないのである。元来行政上の秩序遵守の義務は、その行政上の名義人が自己の責任において負うものであるから、その名義人が使用人によつて行政上の名義人に対して許されたる行為をなす場合において、その使用人によつて行政上の秩序を破壊する行為が行われたときは、古物営業法第二十四条、質屋営業法第二十五条の如き規定を俟つまでもなく名義人は自己の名において負う行政上の責任において右義務違反に対する行政罰を受くべきものである。原告がその名において第一、第二稲荷丸を以てする中型機船底曳網漁業許可を受けたものであり、昭和二十七年十月十日有明湾口観音寺岬沖合において第一、第二稲荷丸のなした底曳網漁業は、原告の使用人等によつて為されたものであることは原告の自陳する処であるから、前示の処からして右操業について原告に対して行政罰を科することには何等の違法もないものと言わなくてはならない。

更に碇泊処分の点についての原告の主張につき考えるに、漁業停止処分を受けた者が密かにその処分に反して漁業を営むことなき様措置することは漁業取締上必要なことと言うべきであるから、被告が原告に対して前記漁業停止処分の実効を確実にする為に該処分と併せて、停止期間中第一、第二稲荷丸の碇泊を命じたことは当然であつて、何等違法なものではない。

以上判示の通りであつて、本件処分には原告主張の如き違法はないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 山田尚)

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